解説より
ある夏の午後、僕は父と一緒に自転車に乗り、猫を海岸に棄てに行った。家の玄関で先回りした猫に迎えられたときは、二人で呆然とした……。
寺の次男に生まれた父は文学を愛し、家には本が溢れていた。
中国で戦争体験がある父は、毎朝小さな菩薩に向かってお経を唱えていた。
子供のころ、一緒に映画を観に行ったり、甲子園に阪神タイガースの試合を見に行ったりした。いつからか、父との関係はすっかり疎遠になってしまった――。
村上春樹が、語られることのなかった父の経験を引き継ぎ、たどり、
自らのルーツを初めて綴った、話題の書。イラストレーションは、台湾出身で『緑の歌―収集群風―』が話題の高妍(ガオ イェン)氏。
冒頭で、猫を棄てに行った描写と親子で呆然とする姿から、彼の作風によくある『不思議な世界観』のルーツのようなものを感じてしまいました。
そして、彼が父親の体験を辿りながら、『戦争』というものの実態も同時に炙り出している印象も、もちました。具体的な部隊の所属や、彼の父親が入隊する経緯なども実際のことなので、彼の父親の人生に引き込まれながらも読み進めました。
最後の方で、もう一つ猫のエピソードが描かれていますが、それもまた、彼の作品のどこか につながっていることを感じました。
そして、
それは、この僕はひとりの平凡な人間の、ひとりの平凡な息子に過ぎないという事実だ。
彼も彼の父親も頭脳明晰で才能もあり平凡であるとは、とても思えないのですが、彼の伝えたいことは、誰にとっても人生があり、そしてその中で、それぞれが思いを持って生きているということだと感じました。
後書きもよかったです。
私の父は2年前に亡くなりましたが、朝、ジョギング前に遺影に向かい「おはよう」といい、仕事から帰ってくると仏壇の前に座り「今日も終わったよ!」と父に話しかけています。
手を合わせて、祈っていると父の記憶が頭をよぎります。自分の父の体験と私の体験も、繋がっていて受け継がれているものはあるんだろうな、感じながら読み終えました。