降誕祭の夜

汝の敵を愛せよ

あのとき、別の道を選んでいたら

夕焼けに染まる展勝地の並木道

先日、本やニュースで「PHP」という言葉を目にしました。

プログラミング言語の一つらしいです。そういえば、40年近く前の就職活動のときにも、似たような言葉に出会ったことを思い出しました。

当時、東京のある会社から内定をもらっていました。会社から渡された本には「COBOL」という言葉が書かれていました。今でいうシステムエンジニアとして働く道もあったのだと思います。

もう一つ内定をもらっていたのは、大阪にある外資系の製薬会社でした。

以前、そのことについて書いた記事があります。よかったら、そちらもお読みください。

ganju39.hatenablog.com

 

どちらの道を選んでいたとしても、今とはずいぶん違った人生になっていたことでしょう。

実は、もともと別の仕事に就きたいという思いがありました。しかし、採用試験には合格できず、就職活動をすることにしました。

そして、実際に大阪の会社に勤めました。

そんなとき、思いがけないところから声がかかりました。研修期間中のことでした。地元の関係機関から、臨時の仕事を引き受けてほしいという連絡が来たのです。

しばらく考えた末、会社を辞めて、その仕事を引き受けることにしました。

正式採用になるまでには数年かかりましたが、採用が決まったときは本当にうれしかったです。

あれから長い年月が過ぎました。

今になって考えると、もし東京の会社に進んでいたら、あるいは大阪の会社で働き続けていたら、仕事の経験も、出会う人も、暮らしも、まったく違ったものになっていたことでしょう。

何より、ふるさとに戻って暮らすことは難しかったのではないかと思います。

もちろん、別の道を選んでいたら、そこにはまた違った楽しさや充実感があったのかもしれません。今となっては、確かめようもありません。

ただ、不思議なことに、あのときの選択について後悔はありません。

人生は、自分で考えて選ぶこともあれば、思いがけない出来事によって方向が変わることもあります。

当初思い描いていたとおりには進みませんでしたが、結果として、ふるさとで暮らしながら長い年月を過ごしてきました。

これからは、少し時間に余裕ができます。

好きなことを楽しみながら、ふるさとの自然や東北の景色を、ゆっくりと味わっていきたいと思います。

あのとき、別の道を選んでいたら。

そんなことを想像するのも、長い年月を歩いてきた今だからこそ、できることなのかもしれません。

選ばなかった道に思いを巡らせながらも、今まで歩いてきた道を、これでよかったと思える。

それもまた、悪くない人生なのだと思います。



 

冬の発表会に向けて、ショパンのワルツ第12番を弾くことに

以前、参加したピアノの弾き比べイベントで撮影した写真です。こうしたピアノの音色を楽しみながら、今回も新しい曲に挑戦していきたいと思います。

秋の発表会に向けて練習してきた曲も、だいぶ仕上がってきました。

そこで、次の冬の発表会に向けて、新しい曲を選ぶことにしました。次の発表会は2月の予定です。

選曲の話になったとき、先生には「久しぶりにショパンを弾いてみたいかなぁ」と伝えていました。

先生と相談する中で候補に挙がったのが、ワルツ第10番と第12番でした。

ワルツ第10番は以前取り組んだことがある曲です。そのことも先生と話しながら、どちらにするか検討しました。

第10番もいい曲ですが、今回は新しい曲に挑戦してレパートリーを増やしたいという気持ちがありました。また、第12番の穏やかな曲の雰囲気にも惹かれました。

そんな理由から、今回はショパンのワルツ第12番に取り組むことにしました。

ショパンのワルツ第12番

今回選んだのは、ヘ短調のワルツ、作品70-2です。

ショパンのワルツというと、華やかで軽快な曲を思い浮かべることもありますが、この曲は比較的落ち着いた雰囲気で、優しいメロディーが印象に残ります。

短調の曲ではありますが、以前弾いたワルツ第7番のような、どこか陰鬱な雰囲気とはまた違います。穏やかで、ゆったりとした空気が流れているように感じます。

短調と長調の響きが入れ替わるところも、この曲の魅力の一つです。曲の表情が変化するので、弾きながらその違いを感じ取るのも楽しみです。

先生からは、今のレッスンで意識して取り組んでいる「脱力」の練習にも合っていると説明がありました。また、ショパンの作品の中では比較的取り組みやすい曲であることも、推薦してもらった理由の一つでした。

今の自分が練習していることを生かしながら、新しい曲に取り組めるのはよい選択だったと思います。

ワルツ第10番と第12番、それぞれの魅力

ワルツ第10番はロ短調、作品69-2。1829年、ショパンが19歳の頃に作曲された作品です。生前には出版されず、没後に出版されました。

以前この曲に取り組んだときにも、ショパンらしい繊細な旋律に魅力を感じました。今回の選曲でも候補に挙がったのは、やはりいい曲だと思っているからです。

一方、今回選んだ第12番はヘ短調、作品70-2です。1830年代に作曲されたと考えられている作品で、こちらもショパンの生前には出版されませんでした。

同じワルツでも、曲によって雰囲気はずいぶん違います。

第10番も魅力的な曲ですが、今回は以前弾いた曲をもう一度練習するよりも、まだ弾いたことのない第12番に挑戦したいと思いました。

新しいレパートリーを増やすことも、ピアノを続けていく楽しみの一つです。

いつか第10番を弾き直す機会があってもいいと思います。今回は第12番をしっかり練習して、自分のレパートリーに加えたいと思います。

さっそく譜読みを始めました

新しい曲を弾くことが決まってから、3日ほど前に音取りを始めました。

私が持っている曲集では4ページです。現在、だいたい半分くらいまで譜読みが終わったところです。

このペースなら、今週末にはひとまず最後まで譜読みを終えられそうです。

来週からは、譜面を追うだけでなく、少しずつ弾き込んでいく予定です。

最初から速く弾こうとせず、音を確かめながら、左右の手の動きやメロディーの流れをつかんでいきたいと思います。

これからの練習メニュー

普段の練習は、基礎練習をしてから、現在取り組んでいる『枯葉』を練習し、最後に『ワルツ第12番』に取り組む流れにしたいと思っています。

ただし、2月の発表会が近づくにつれて、練習時間の多くは発表会の曲に充てることになりそうです。

これまで弾いてきたレパートリーはいったんお休みする予定です。

せっかく弾けるようになった曲をしばらく弾かなくなるのは少し残念ですが、発表会で納得できる演奏をするためには、ある程度集中する必要もあります。

今回は、今のレッスンで取り組んでいる脱力を意識しながら、ショパンらしい歌うようなメロディーを表現できるようになりたいと思います。

まだ譜読みを始めたばかりなので、どんなふうに仕上がっていくのか、自分でも楽しみです。

まずは、いろいろな演奏を聴いてみます

同じ曲でも、演奏する人によってテンポや音の響き、メロディーの歌わせ方が違います。

これから練習を進めるにあたって、YouTubeなどでいろいろなピアニストの演奏を聴いてみたいと思います。

自分が心地よいと感じる演奏を見つけ、その雰囲気を参考にしながら、自分なりの演奏をつくっていけたらいいなぁ。

秋の発表会に向けた練習から、今度は冬の発表会に向けた練習へ。

新しい曲との付き合いが、また始まりました。


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YouTubeで2人のピアニストの演奏を聴いてみました。どちらも余裕を感じさせる演奏で、落ち着いた雰囲気がとても良かったです。

マラソン後の膝痛。焦らずリハビリを続ける日々

10月4日に盛岡シティマラソンを走りました。5時間以上かけて、歩いたり走ったりしながらゴールしました。大会前にジャンパー膝と診断されていましたが、出場しました。

マラソン後は膝のお皿の下あたりに痛みが出て、特に階段を下りるときに気になりました。平地は歩けましたが、膝には不安がありました。

10月中旬に少し良くなったのでランニングを試みましたが、走り始めに強い痛みが出て、膝のお皿の内側にも痛みが広がりました。ランニングを中止し、整形外科で相談してリハビリ運動を教えてもらいました。

走ることが習慣なので残念ですが、無理をして回復を遅らせるより、膝の状態を良くすることを優先することにしました。

ウォーキングも試しましたが、膝の負担になっているように感じたため、エアロバイクを中心に運動することにしました。エアロバイクは4年前に足を骨折したときのリハビリ用に購入したもので、雨の日や冬場のトレーニングにも使っています。

エアロバイク中心のリハビリ

10月18日頃から、エアロバイクを負荷2〜3で30分間こぎ始めました。痛みはほとんど出ず、軽い違和感を感じる程度でした。歩くと膝が気になることもありますが、エアロバイクなら比較的快適に運動できました。同じ脚を使う運動でも、膝への負担の感じ方が違うことを実感しました。

10月19日には、エアロバイクを30分こいでも痛みや違和感はありませんでした。朝起きたときには膝の突っ張りやこわばりがありましたが、日中は歩いても痛みが少なくなり、リハビリ運動も続けていました。

20日には自重での下半身の筋トレも再開しました。膝の違和感はほとんどありませんでした。21日と22日もエアロバイクを30分間、12kmこぎ、痛みや違和感はありませんでした。階段の上り下りも、ほとんど気にならなくなってきました。

23日には、朝起きたときの突っ張りもなく、階段を下りるときの違和感も前日より少なくなりました。24日には、朝起きたときに軽い突っ張りやこわばりがありましたが、以前より良くなっているように感じました。階段を下りるときも、ほとんど痛みがなくなっていました。

エアロバイクでは、30分間、負荷2〜3でこいでも痛みや違和感が出なくなっていました。これは、うれしい変化でした。

走ってみて分かったこと

しかし、日常生活での膝の状態が良くなってきたからといって、走れるようになったわけではありませんでした。

10月24日はウォーキングをすることにし、途中で少し走ってみました。すると、膝に違和感や痛みが出ました。歩くと症状は改善しました。

日常生活ではかなり楽になっていたので、少し走れるのではないかと思っていました。しかし、実際に走ってみると、まだ十分には回復していないことが分かりました。

普通に歩けることと、ランニングができることは別なのです。階段の上り下りで痛みがほとんどなくなっていても、走ると痛みが出ます。今の膝は、まだランニングの負荷に耐えられる状態ではないのだと思います。

少し走れたことを喜ぶよりも、今は無理をしないことが大切だと感じました。

焦らず、少しずつ

長い間、走ることを生活の一部にしてきたので、ランニングを休むのは残念です。それでも、ここで無理をして回復を遅らせては意味がありません。

しばらくはランニングを控え、エアロバイクと整形外科で教えてもらったリハビリ運動を続けます。ウォーキングについても、膝の状態を見ながら無理のない範囲にとどめたいと思っています。

エアロバイクを痛みなく30分こげるようになり、階段の上り下りも楽になってきました。少しずつ回復している実感はありますが、焦らず、膝の状態を確かめながら進めていきたいと思います。

また気持ちよく走れる日を目指して、今は走ることよりも膝の回復を優先し、できる運動を続けていきます。

『ハンナのかばん〜アウシュビッツからのメッセージ〜』を読んで

先日、テレビ朝日の「負の世界遺産 アウシュビッツ」という番組を見ました。

サンドウィッチマンがポーランドのアウシュビッツを訪れ、かつてそこで何が起きたのか、そして今、何が残されているのかを伝える番組です。

晴天の中でのロケでしたが、お二人の沈痛な表情と、一言一言を選びながら語るコメントが印象に残りました。お二人の思いに共感しながら、番組を見ていました。

そのとき、ふと思い出したことがありました。

今から5年ほど前、『ハンナのかばん』の訳者である石岡史子さんの講演を聞き、その際に購入した本のことです。改めて手に取り、読み返してみることにしました。

『ハンナのかばん――アウシュビッツからのメッセージ』
著:カレン・レビン/訳:石岡史子(ポプラ社)

一つのかばんから始まった物語

東京にあるホロコースト教育資料センターに展示された、一つの古いかばん。そこに書かれた名前や文字に興味を持った子どもたちが、持ち主であるハンナについて調べたいと思ったことから、この物語は始まります。

ハンナはどのような少女だったのか。どんな家族と暮らし、どのような人生を送ったのか。

子どもたちの素朴な疑問が、やがてハンナの生涯を明らかにする調査へとつながっていきます。

本書には、ハンナの人生だけでなく、石岡史子さんがさまざまな手がかりをたどり、ハンナの遺族と実際に会うまでの過程も丁寧に記されています。

一つのかばんから始まった調査が、遠い過去に生きた少女の人生を少しずつ明らかにしていく。その根気強さには驚嘆させられました。ハンナという一人の少女の存在を知り、その人生を多くの人に伝えたいという、石岡さんの強い思いがあったからこそ実現したことなのだと思います。

本書に掲載された写真や、ハンナ自身が描いた絵も、とても印象的でした。

ハンナは、歴史の中に登場する一人の犠牲者というだけではありません。家族がいて、夢や希望を持ち、一人の人間として生きていた少女です。苦難の中でも希望を失わない人間の姿が伝わってくるからこそ、彼女の命が奪われたことの重みを感じます。

私は、この本は子どもたちだけでなく、大人こそ読むべき本だと思いました。

講演会で購入した本にいただいた、石岡史子さんのサイン。

「悲しみを希望にかえて」

この言葉が心に残ります。ハンナの悲しい歴史を忘れず、その生涯を後世に伝えていくこと。それは、過去の悲しみを未来への希望につなげることでもあるのだと思います。

戦争は人間の尊厳を破壊する

ナチ・ドイツによるユダヤ人への迫害とホロコーストは、決して忘れてはならない歴史です。

同時に、私たち日本人も、戦争中に他国の人々に被害を与えた加害の歴史に目を向けなければなりません。また、広島・長崎への原爆投下によって、多くの民間人の命が失われたことも、忘れてはならない歴史の一つです。

自国が受けた被害だけを見るのではなく、自国が他者に与えた被害にも目を向ける。そして、どの国が行ったことであっても、戦争によって人々の命や尊厳が損なわれるという事実を、真摯に受け止めることが大切なのではないでしょうか。

戦争は、命を奪うだけではありません。家族を引き離し、子どもたちの未来を奪い、人間が人間らしく生きる権利や尊厳までも破壊します。

ハンナもまた、そのような歴史の中で命を奪われた一人でした。しかし、彼女の名前や写真、描いた絵、そして残されたかばんを通して、今も私たちは彼女の存在を知ることができます。

一つのかばんが人と人をつなぎ、過去の出来事を今に伝える。そして、そこから平和について考えるきっかけが生まれる。

過去の歴史を知り、被害を受けた人々の苦しみに思いを寄せ、同じ過ちを繰り返さないために何ができるのかを考え続けること。それが、平和を守るための第一歩なのだと思います。

平和とは、ただ戦争が起きていない状態だけを指すのではないでしょう。一人ひとりの命が尊重され、誰もが人間らしく生きられること。

『ハンナのかばん』は、一人の少女の人生と、それを後世に伝えようとした人々の努力を通して、戦争と人間の尊厳、そして平和について深く考えさせてくれる一冊でした。

この本が、子どもたちだけでなく、多くの大人にも読まれることを願っています。

関連する読書記録

これまでにも、戦争や人間の尊厳について考える本を読んできました。

よろしければ、こちらの記事も併せてお読みください。

Apple WatchからGarminへ。ランニングウォッチを買い替えて感じた違い 

Apple Watchを初めて買ったのは約7年前

初めてApple Watchを購入したのは、7年ほど前だったと思います。

それまでのマラソン大会では、ストップウォッチ機能の付いた普通の腕時計を使い、1kmごとに自分でラップを押していました。練習ではスマホのアプリを使い、イヤホンからラップを聞きながら走っていました。

そんな私がApple Watchを買おうと思ったのは、約5年ぶりにマラソン大会に出場することを決めたのがきっかけでした。

当時はあまりお金をかけたくなかったので、選んだのはApple Watch SE。初めて使ってみると、その便利さに驚きました。

iPhoneとの連携が簡単で、GPSによる距離やペースの計測もできます。ランニングの記録を腕時計で確認できるようになり、とても便利になりました。

初代のApple Watch SEは、4年から4年半ほど使いました。ところが、再起動やリセットをしても不具合が解消しなくなり、買い替えることになりました。

2台目のApple Watch SEで起きた不具合

2台目のSEです。バンドを替えて、ランニング以外でも使っています。

新しく購入した2台目のApple Watch SEも、ランニングや日常生活で活躍してくれました。

しかし、購入から約2年後の今年の夏、突然、心拍数を計測できなくなってしまいました。

私にとって心拍数は、練習中の体の状態を確認するための大切な情報です。心拍数を見ながら、その日の調子や運動強度を判断することもあったので、これは困りました。

さらに、それまでは手首を上げるだけで画面が表示されていたのに、画面に触れないと表示されなくなってしまいました。

何度か再起動やリセットを試しましたが、改善しません。Appleのサポートに相談したところ、故障の可能性が高く、修理費用は約3万2,000円とのことでした。

修理するか、新しい時計を買うか。

そこで考えたのが、Garminへの買い替えでした。

Garmin Forerunner 170を選んだ理由

お風呂とピアノの時間以外は、ほぼ身に着けています。

ランニングウォッチについて調べてみると、Garminには高機能で価格の高いモデルもたくさんあります。

ただ、私の主な用途はランニングと健康管理です。多くの機能を使いこなすことよりも、必要な機能がそろっていることを重視しました。

こうして購入したのが、Garmin Forerunner 170です。

選んだ理由の一つは、バッテリーの持ちがよいこと。もう一つは、ランニングに必要な機能を備えていることでした。

実際に使ってみると、Apple Watchとは違ったよさがあることがわかりました。

Apple WatchとGarminを使って感じた違い

1.操作のわかりやすさはApple Watch

Apple Watchのよさは、何といっても操作のわかりやすさだと思います。

iPhoneとの連携も簡単で、画面をタッチして直感的に操作できます。初めて使う人でも、比較的すぐに慣れることができるのではないでしょうか。

一方、Garminは物理ボタンが5つあります。

ボタンで操作する仕組みは、タッチ操作に慣れていた私には少し難しく感じました。それぞれのボタンが何を意味するのか、どの画面で何を押せばよいのか。最初は説明書を見ても、なかなか理解できませんでした。

そんなときに役立ったのがChatGPTです。

「この機能を使うにはどうすればいいのか」と相談しながら、一つずつ操作を確認していきました。おかげで、少しずつ使い方がわかるようになりました。

2.バッテリーの持ちはGarminが魅力

今回、Garminを選んだ大きな理由がバッテリーです。

Apple Watchは日常使いでは便利でしたが、マラソン大会ではバッテリー残量が気になっていました。これまでのフルマラソンは、4時間から4時間半ほどで走ることが多かったのですが、それでもバッテリーが気になっていました。

今回のように5時間を超える大会では、最後まで計測できるか心配になります。

その点、Garminはバッテリーが長持ちします。

私の使い方では、充電せずに7〜10日ほど使えています。毎日の睡眠計測や心拍数の確認にも使っているので、これは大きなメリットです。

充電の回数が少なくて済むだけでも、ずいぶん気が楽になりました。

3.ランニングの計測機能はどちらも便利

Apple WatchもGarminも、GPSを利用した距離やペースの計測ができます。

走行距離やラップ、心拍数などを確認しながら練習できるのは、どちらも便利です。

私の場合、以前からadidas Runningに練習記録を残していました。腕時計でデータを確認しながら走れるようになったことは、大きな変化でした。

Garminに買い替えた今も、ランニングの記録を確認しながら、自分のペースで練習を続けています。

4.睡眠や健康管理にも活用

Garminを購入してからは、睡眠の記録もほぼ毎日確認するようになりました。

睡眠の状態や心拍数、歩数などを見ることで、自分の体の状態や日々の活動量を振り返ることができます。

もちろん、時計に表示される数値だけで健康状態のすべてがわかるわけではありません。それでも、日々の変化を知るための目安として役立っています。

ランニングをしていない日でも、歩数や睡眠の記録を見ることで、健康管理への意識が高まりました。

5.通知の便利さと画面の見やすさ

Garminでも、メールやLINEの通知を受け取れるようにしています。

仕事中など、すぐにスマホを確認できないときでも、通知が届いたことを腕時計で確認できるのは便利です。

ただし、Apple Watchでは時計から電話に出て、そのまま会話することができましたが、私の使っているGarminでは、着信を確認できても、通話するにはスマホを取り出す必要があります。

この点はApple Watchの便利なところですね。

一方、Garminは画面の表示が見やすく、届いたメールなどの内容も確認しやすいと感じています。通知をチェックするという用途では、十分に役立っています。

Apple WatchとGarmin、どちらがおすすめ?

実際に両方を使ってみて感じたのは、それぞれに得意なことがあるということです。

Apple Watchは、iPhoneとの連携のしやすさや、直感的な操作、通話などの便利な機能が魅力です。

一方、Garminは、バッテリーの持ちがよく、ランニングや健康管理に必要な情報を継続して記録できることが魅力だと感じています。

スマートウォッチに何を求めるかによって、選ぶ時計も変わってくるのだと思います。

私の場合は、ランニングを中心に使いたいこと、睡眠や心拍数などの記録も取りたいこと、そしてバッテリーの持ちを重視したことから、Garminを選んでよかったと思っています。

最初は5つのボタンの操作に戸惑いましたが、少しずつ使い方もわかってきました。

これからもGarminを活用しながら、無理をせず、長くランニングを楽しんでいきたいと思います。

松本清張『黒い画集』を読んで――人間の欲望と恐ろしさ

※「遭難」「寒流」「凶器」「紐」「坂道の家」は結末に触れています。

高校生の頃だったと記憶していますが、『天城越え』をテレビのロードショーで見たことがあります。暗いトンネル、遊女役の田中裕子、中学生役の鶴見辰吾。誰が殺人犯なのかという推理や殺害の動機も気になりましたが、艶めかしい場面もあり、そこだけは目を逸らして見ていた十代半ばの自分を思い出します。

今年の旅行では伊豆方面に行き、『天城越え』の舞台となった地を訪れました。物語の舞台である天城峠の旧天城トンネルまでは、かなり歩かなければならないようだったので、そこまでは行きませんでした。小説の舞台を訪ねたことに加え、NHKの土曜ドラマでこの物語が放送されていたこともが、この短編集を買ったのがきっかけです。

『黒い画集』

本の裏表紙より引用

作者:松本清張(新潮文庫)

安全と出世を願って平凡に生きる男の生活に影がさしはじめる。「密通」ともいうべき、後ろ暗く絶対に知られてはならない女関係。どこにでもあり、誰もが容易に経験しうる日常生活の中にひそむ深淵の恐ろしさを描いた連作短編集です。部下のOLとの情事を隠しおおすために、殺人容疑を受けた知人のアリバイを否定し続けた男の破局を描いた『証言』など、7編が収められています。

遭難

鹿島槍で遭難し、同僚であり友人でもある岩瀬秀雄を亡くした浦橋吾一が、山岳雑誌に投稿した手記から物語は始まります。山行のリーダーは、上司で登山のベテランでもある江田雅俊です。

前半では、岩瀬の視点から山行の様子が描かれます。準備段階のワクワク感から少しずつ不穏な空気が漂い始め、やがて遭難の場面へと進みます。読んでいて不自然なところは何もないのですが、亡くなった岩瀬の姉と従兄弟は、その死に不信を抱きます。ここからが、この物語のハイライトです。

こんな完全犯罪があるのかと思わされ、最後の場面では背筋がぞくりとしました。殺人の動機は不倫でした。

読後感は最悪で、この後に続く物語を読み続けられるだろうかと不安になりました。

証言

石野貞一郎は、会社の部下と不倫をしています。その関係が周囲に知られると課長としての地位に響くと恐れ、女性を退社させて別の場所に住まわせています。

ある日、その女性の家からの帰り道で、近所に住む杉山孝三と出会い、軽く会釈を交わします。その後、杉山に殺人の疑いがかかります。杉山は疑いを晴らすため、事件のあった時間に石野と会っていたと取り調べで話しますが、石野は本当のことを証言しません。不倫が発覚するのを恐れたからです。

この物語を読んで、嘘を突き通すことは難しいものだと実感しました。杉山の無罪が証明されてよかったです。

天城越え

映画やドラマには脚色もあったと思いますが、ほぼ原作の筋どおりでした。

中学生の少年が家を出て街を目指しますが、心細くなって引き返します。その途中、娼婦風の若い女性と道連れになり、下田を目指します。天城トンネルの手前で一人の土工と出会い、そこから物語が動き出します。

少年が下田の自宅に戻った後、土工殺しの犯人捜しが始まります。娼婦風の女性が疑われて取り調べを受け、自供しますが、凶器が見つからないことなどから、事件はうやむやになります。

30年後、少年は小さな出版社の社長になっています。そこへ、当時事件を担当した刑事が現れます。

天城峠や下田の街は実際に訪れた場所なので、その風景を思い出しながら読み進めることができました。少年にとって心惹かれる女性だったことが、土工殺しの動機につながったのだと思います。

寒流

銀行R支店の次長・沖野一郎は、割烹料理屋の女将・前川奈美と不倫関係になります。沖野はそれまで遊びとは無縁で、仕事一筋に真面目に勤めてきた人物です。奈美も、女手一つで店を切り盛りしています。

そこへ現れたのが、沖野の友人であり、同じ会社の上司でもある桑山です。桑山は自分の立場や地位を利用して、奈美を自分のものにしようとします。結局、沖野は奈美を桑山に奪われたうえ、会社では左遷されてしまいます。

このまま終わってしまったら沖野があまりにかわいそうだと思いながら読み進めましたが、なかなか逆転の気配はありません。しかし最後には、桑山と奈美が沖野の仕掛けた罠にはまります。

友人の女性を奪う桑山という人間は好きになれなかったので、スッキリする結末でした。

凶器

ある田んぼで殺人事件が起き、60歳くらいの男性の死体が発見されます。検死の結果、後頭部を鈍器のようなもので殴られた跡があることがわかります。

調べを進めると、島子という女性が浮かび上がります。男は島子に関係を迫っていたのです。凶器は金棒か木の棒のようなものだと考えられましたが、いくら捜索しても見つかりません。事件は3年経っても解決せず、迷宮入りしかけていました。

ところが、事件を追っていた刑事が、正月に餅を手に取ったとき、その硬さにはっとします。凶器は、干からびた海鼠餅だったのです。

島子は男から身を守るために海鼠餅で男を殴り、殺してしまいました。そして、その餅を刑事や近所の子供たちに振る舞っていたのです。思いもよらない凶器に驚かされました。

紐

川で遊んでいた少年たちが、人けのない場所で男の死体を見つけます。死因はビニール紐による絞殺でした。

被害者の梅田安太郎は田舎から出てきた人物で、周辺の聞き込みから、さまざまな事情が浮かび上がってきます。事件を追う刑事も、なかなか犯人を捕まえることができません。そこへ保険会社の担当者が現れます。高額の生命保険がかけられていたことから、他人による殺害が疑われます。

ところが、実際に殺したのは妻で、夫本人に頼まれての嘱託殺人でした。しかし、頼まれたことを証明する証拠がありません。このままでは、妻は夫殺しとして扱われかねないという結末です。

死体の状況から殺害方法を推理する過程や、アリバイを作るためのさまざまなトリックが散りばめられていて、いかにも松本清張らしい作品だと思いました。

坂道の家

『黒い画集』の最後の短編です。

寺島吉太郎は、「寺島小間物店」を営む実直な性格の男で、化粧品なども扱う小さいながらも繁盛している店を一生懸命に切り盛りしています。

そこへ、杉田りえ子という女性が口紅を買いに来ます。それまで女遊びをしたことのなかった吉太郎は、彼女に化粧品をこっそりあげてしまいます。深入りしなければいいと思っていたのに、次第にのめり込んでいきます。

りえ子の勤めるキャバレーに毎日のように通い、ついにはアパートまで買い与えます。店の経営にも身が入らなくなり、お金もどんどん減っていきます。自分が利用されていることに気づき始めても、すでに抜け出せません。りえ子も、吉太郎が差し出すお金や物を受け取り続けます。

やがて吉太郎は、坂の上に家を買います。当時としては風呂もある良い家でしたが、坂の上にあるため、40代後半の男と20代後半の女性が暮らすには不便な場所でした。しかし、人目を気にせず暮らせる環境でもありました。

それをいいことに男にたかる女と、ひたすら尽くす男。どちらが悪いのだろうと思いながら読みました。

やがて、吉太郎は風呂の中で死にます。事件性はないものとして処理されますが、ひょんなことから真相が明らかになります。

のめり込んでいく男の愚かさと、それにつけ込んで男を利用する女の狡さを感じました。物語は最後に、りえ子のカタカナ交じりの供述で終わります。

読み終えて

これらの物語は、昭和33年から35年頃にかけて書かれたようです。私が読んだ新潮文庫は昭和46年に初版が発行されています。購入したものは、令和5年10月15日79刷になります。

電話の交換手や物の値段など、現代とは違う時代を感じる場面ももちろんあります。しかし、人間の欲望やずるさは生々しく描かれていて、時代が変わっても変わらないものなのだと実感しました。

人間の持つ暴力性について、深く考えさせられました。

 

読んだときに感じたことを自分の言葉でまとめ、AIにも相談しながら文章を整えました。作品の感想は、あくまでも自分自身が読んで感じたことを大切にしています。

自分のために始めたブログが、今につながっている

2020年1月6日に、このブログを開設しました。

困難な出来事が一段落し、これまでの自分の人生を振り返ってみようと思ったのがきっかけです。そのときの心境を綴った第1号の記事です。よかったらお読みください。

 

ganju39.hatenablog.com

このブログでは、大好きなピアノやランニングのこと、そして、私にたくさんの影響を与えてくれた本や音楽のことなど、雑多に書き綴ってきました。

振り返ってみると、ブログを開設した当初は、とにかく短くてもいいから毎日書こうと思っていました。そして、開設した日から2月の初めまで、頑張って毎日更新していたのです。

我ながら、すごいです!!

こちらは、ちょうど開設1か月目の記事です。

ganju39.hatenablog.com

自分自身の備忘録のようなつもりで始めたブログだったので、当初はほかの方の記事を読むこともあまりなく、淡々と書き続けていました。

それでも、少しずつ「いいね」がつき始め、読者登録をしてくださる方も増えてきました。とてもうれしかったです。

何より、同じような趣味を持つ方が共感してくださることが、書き続ける励みになりました。また、自分とは違った世界観を持つ方がいることにも気づかされました。

開設から1年目にも、ブログを振り返っていました。

ganju39.hatenablog.com

 

記事へのコメントはそれほど多くありませんでしたが、何人かの方と交流していた記録も残っています。読み返してみると、懐かしい気持ちになります。

長く続けていると、ブログを辞められた方や、更新が止まっている方もいます。人それぞれ、いろいろな事情があるのでしょう。

そういう私自身も、数か月にわたって記事を更新しなかったことが何度もありました。

そして最近、AIとの出会いが一つの転機になりました。

ChatGPTやClaude、Geminiなどを使い始めたことをきっかけに、ブログにも活用してみようと考えたのです。

記事の推敲や体裁を整えるのに、とても役立っています。自分では気づかなかった表現を提案してもらったり、文章の流れを整えてもらったり。もちろん、最後は自分で読み返し、自分の言葉として納得できる形にしています。

それと同時に、これまでブログを書き続けてきたこと自体が、自分自身にとってもよい刺激になっていたのだと、改めて気づきました。

最近の記事では、AIとの出会いについてもまとめています。

ganju39.hatenablog.com

60代になりましたが、いろいろなことを楽しんでいる自分自身を、これからも大切にしたいと思っています。

そして、自分が楽しんでいることや、日々感じたことを、これからも書き綴っていくブログでありたいです。

そういえば、最近、寝る前に15分ほど英語の勉強を始めました。

特に目的があるわけではありません。なんとなく、中学英語を復習したくなっただけです(笑)。

 

英語の勉強も、いつかブログに書いてみたいと思っています!!

これからも、気負わず、自分のペースで続けていけたらいいなぁ。