『国宝』を観たのは、2025年7月のことです。6月6日の公開から約1か月後でしたが、その後も話題が続き、長く上映されていた作品です。
映像の美しさはもちろん、歌舞伎に人生を懸ける主人公の思いや苦悩、葛藤、そして最後に国宝と呼ばれるまでの生き様に、強く心を動かされました。
映画を観た後、原作が気になり、吉田修一さんの小説『国宝』上下巻も読みました。今回は、映画と小説の両方を振り返ってみたいと思います。
映画『国宝』
物語は、任侠の抗争によって主人公・喜久雄の父親が殺されるという衝撃的な場面から始まります。冒頭から引き込まれました。
その後、喜久雄は大阪の歌舞伎役者・花井半二郎に引き取られます。半二郎の息子・俊介とは同級生で、二人は互いに切磋琢磨しながら歌舞伎の世界で成長していきます。
喜久雄には、歌舞伎役者としての血筋がないというコンプレックスがあります。一方、俊介は名門の家に生まれた跡取りです。二人は女形として芸を磨き、やがて舞台で競い合うようになります。
前半の大きな見どころは、二人が演じる「二人道成寺」です。二人の踊りや表情、舞台の華やかさに目を奪われました。
ところが、半二郎が交通事故で大けがを負い、舞台に立てなくなってしまいます。そこで半二郎が代役に指名したのは、実の息子である俊介ではなく、喜久雄でした。このことが二人の関係に大きな亀裂を生むことになります。
その後、喜久雄は自分の出自が明らかになり、歌舞伎の世界を離れることになります。お世話になっていた歌舞伎役者の娘・彰子と駆け落ちし、二人で地方の興行を回りながら舞台に立つ日々を送ります。
しかし、そこでもさまざまな苦難が待ち受けています。客とのトラブルから暴力沙汰になり、喜久雄は心身ともに追い詰められていきます。一緒に逃げた彰子とも別れることになり、歌舞伎の世界から遠ざかっていきます。
そんな喜久雄の姿で印象に残っているのが、夜のビルの屋上で赤い着物を羽織り、踊る場面です。落ちぶれた生活の中でも、芸への執念、歌舞伎への断ち切れない思いが伝わってきました。
そして、多くの人たちの力もあり、喜久雄は再び歌舞伎の世界へ戻っていきます。
また、若い頃に知り合った芸妓との間に生まれた娘との、神社での場面も印象に残っています。娘から何を祈ったのかと尋ねられた喜久雄が、歌舞伎の世界で一番になるためなら悪魔とでも手を組む、という意味の言葉を口にします。この言葉は、物語の最後にも重なる印象的な場面でした。
映画の中で描かれる歌舞伎の舞台は、本当に素晴らしいものでした。役者たちが積み重ねてきた鍛錬、観客との距離、そしてスポットライトを浴びて舞台に立つ瞬間。映像を通して、その迫力や美しさが伝わってきます。
芸に人生を懸けるとはどういうことなのか。喜久雄の生き方を通して、その一端を見せてもらったように思います。
映画を観て、いつか本物の歌舞伎の舞台も観てみたいと思いました。
原作小説『国宝』

映画を観た後、原作の小説を読みました。上下巻というかなりのボリュームでしたが、読み応えがありました。
冒頭の任侠の抗争は映画と同じようにハラハラします。小説では映画よりも登場人物が多く、人物同士の関係を確認しながら読み進めました。
読み進めていくと、冒頭に登場した人物の行動が、最後には喜久雄と深く関わってくることが分かります。映画では十分に描ききれなかった部分や、よく分からなかった人物の背景も、小説を読むことで理解できました。
また、歌舞伎の演目についても詳しく紹介されています。「二人道成寺」をはじめ、演目のあらすじや歴史、歌舞伎の文化について知ることができたのもよかったです。
歌舞伎役者の日常や、映画・ドラマへの出演、ゴシップなど、舞台の上とは違う人間臭い世界が描かれているところも面白く感じました。
映画は、原作の長い物語を凝縮し、歌舞伎の美しさや芸のすごみを映像として表現した作品だと思います。一方、小説は登場人物の背景や人間関係、歌舞伎の世界をより深く知ることができる作品でした。
映画と小説、それぞれの魅力
映画と小説では、最後の描き方が異なっています。
私としては、映画のラストの方が好きでした。
映画を観ていて感じたのは、喜久雄が見つめていた歌舞伎の世界は、現実の厳しさを超えた、美しくきらびやかな世界だったのではないかということです。そこは何ものにも代えがたい、特別な世界のように感じられました。
一方、小説の結末は、一人の人間の人生が多くの人と関わり、成功や失敗を繰り返しながら、最後に人間国宝へと至る、より現実的なものとして描かれていたように思います。小説の終わり方も決して悪くありません。
映画を観て、その後に原作を読む。今回はその両方を楽しむことができました。
一つの作品を、映画と小説という異なる形で味わうことができたのは、とてもよい経験でした。
芸に人生を懸けた一人の男の生き様を描いた『国宝』。映画も小説も、それぞれに違った魅力のある作品でした。







