降誕祭の夜

汝の敵を愛せよ

一人称単数  パート4 村上春樹 著

私にとって土曜日は、とても大切1日です。4年前からは日中は、殆ど一人で行動をしています。でも、社会とつながっていることを感じるとても大切な日です。

 

「私にとっての祈りの日」でもあり「ピアノのレッスンの日」でもあり、月に2〜3度は「心身をケアする日」でもあります。

春夏秋冬。土曜の朝はいつも6時頃には起きて、10キロ走ってからの行動です。

 

『一人称単数』を読んでいると、何だか自分の毎日のことや過去の出来事を思い出してしまします。不思議な小説です。

著者のねらいどおりかも。

 

一人称単数 (文春e-book)

 

さて、残り2話です。

 

品川猿の告白

 このような物語を書けるのは村上春樹しかしないのではないでしょうか。彼の長編にも現実の世界には存在しない出来事や、生き物(と言っていいいのかな?)が暗喩として描かれ、物語の展開に非常に大きな彩りを添えます。

 

でも、この『品川猿』との最初のやりとりは、なんだがほのぼのしていて読んでいて楽しかったです。『僕』のように行き当たりばったりの一人旅をして、鄙びた旅館でこんな出来事が経験できたら面白いよなぁ。なんて思いながら、最初の方は読み進めてました。

 

その猿は、品川区に住んでいて、主人(飼い主)が大学の先生で、そこで言葉を教えてもらったとか、ブルックナーの7番が好きとか。

 

温泉の中でその猿と語り合った後、部屋で「I❤︎NY」とプリントされた厚手の長袖シャツにグレーのジャージのパンツを履いたその猿と『僕』とビールで乾杯している描写も想像するとシュールすぎて吹き出してしまいました。

 

品川猿』がビールを飲みながら語る「身の上話」は、人間の世界から猿の世界に行き、そして再び人間の世界に戻って温泉で働くというものですが、彼の心をもっとも苛んだのは「女性関係」ということなそうです。しかも彼は、人間の女性に恋をするのですが、好きな女性の「名前を盗む」という方法で思いを遂げるという告白を『僕』に話します。

 

道ならぬ恋でしょうか。

猿が語る【究極の恋愛】の話を『僕』は真剣に聴きます。

 

夜が明け、ビールの代金を旅館の中年女性に支払おうとすると、そんな注文は受けていないことが分かります。『僕』は混乱しますが猿の話はしないことにします。賢明だと思います。誰も信じませんからね。

 

そして、自虐的に、この不思議な物語のテーマは何もないと『僕』は言い切っています。

 

品川猿』との思い出も忘れます。しかし、それから5年後、仕事で出会ったチャーミングな女性が「自分の名前を忘れてしまうの。」ということを『僕』に告げます。「品川猿」の仕業だと思うのですが、さすがに話すわけには行きません。

 

  • ブルックナーのシンフォニー
  • 究極の恋情と、究極の孤独
  • 小さな温泉町の鄙びた旅館でビールを飲んだ思い出。

 

この物語の主人公はきっと『不思議な体験をした僕』でなく、『孤独の中で生きている品川猿』かもしれない、と感じてしまいました。

 

一人称単数

この作品だけは、この短編集のための書き下ろしということです。

 

たまにしかスーツを着てネクタイを締めるなんてことは年に何回かしかない『私』が、意味もなくスーツを着て外に出かけることがある、という説明から物語は進みます。

 

気持ちのよい春の宵に彼は洒落たスーツを着てネクタイを締め出かけます。そして一度も行ったこともないバーに入ります。そのバーで、洒落た飲み物を頼んで読みかけの小説を読みます。

 

『私』は鏡に映った自分に違和感を感じます。1回目は、スーツを着て家で鏡の前に立っている自分に、2回目は、初めて入ったバーのカウンターの向かいにある鏡に映った自分に。

【それは私自身ではなく、見覚えのない他の誰かのように思えてきた。】

 

当然ですが、鏡に映った自分は、自分の本当の姿ではないですから。そんな瞬間は、誰にでもあるかもしれません。鏡があるなしにかかわらず。そんなことを読みながら思いました。

 

さて、そんな時に隣に一人の女性が座ります。その女性は、攻撃的な言葉を『私』に次々と投げかけます。

そして、

「〜前略〜よく考えてこらんなさい。三年前に、どこかの水辺であったことを。そこで自分がどんなひどいことを、おぞましいことをなさったかを。恥を知りなさい。」

彼女のその言葉を聞いて、『私』は、我慢できなくなり、店を出ていきます。

 

私も、自分自身が傷つけられたことは、鮮明に覚えています。でもきっと同じように自分の人生を振り返ると、たくさんの人を傷つけてきたのだと思います。思い出せることもありますが、無意識のうちに「三年前にどこかの水辺」で激しく人を傷つけたことがあるかもしれません。

 

生きて行くことは、罪深いことなのだと思います。

 

「恥を知りなさい。」