降誕祭の夜

汝の敵を愛せよ

細川ガラシャ夫人(下)を再読して 

 

ganju39.hatenablog.com

 

下巻は、年表でみると、本能寺の変(1582年天正10年)からガラシャが亡くなる年(1600年慶長5年)までの18年間の出来事です。

 

下巻は、本能寺の変に至る明智光秀の出来事や心の葛藤から描かれています。本能寺の変については、詳しく描かれていません。理性的で自分の置かれている立場や家族の行末のことを光秀は考えないわけはないので、謎は残ります。

信長の光秀に対する仕打ちは確かに酷いのですが。どう考えても衝動的に起こした変ではないような気がします。

覇道(武力や権謀によって天下を支配する政治のやり方)と王道(徳によって本当の仁政を行うこと)という言葉が対比されて出てきます。信長はもちろん前者のタイプの権力者で覇王と言っても過言ではないでしょう。

光秀はきっと違う道を探していたのではなかったのでしょうか。そこらあたりの話を【麒麟が来る】で掘り下げて欲しいです。

 

さて物語に話を戻します。結局、歴史の学習で学んだ通り、明智光秀豊臣秀吉に滅ぼされます。一族もみんな殺されてしまいます。光秀の妻も姉夫婦も、大切な家臣も。

玉子の命も、もちろん危ういものでしたが、夫である細川忠興は玉子を『味土野』という人里離れた山奥の集落に隠します。そこでの出来事が、玉子を宗教的な道へと少しずつ導いていいきます。

 

家族を失った上に夫とも別れ、さらに最愛の我が子とも引き離されます。亡くなった家族への思い、女であることによる不自由さ。その中で侍女でキリシタンでもある清原佳代が玉子に語る言葉が印象的です。

「苦難の解決は、苦難から逃れることではなく、苦難を天主のご恩寵として喜べるようになることだと・・・・。」

この言葉の意味は、玉子は理解はできるのですが、まだ、心で受け止める事ができない事も書かれてあります。そして、数々の出来事を引き合いに玉子は、佳代に、

「わたくしは、デウスの神も、み仏も信じとうありません。」

 と答えます。

 

その後、味土野で様々な出来事を経てから直興の元に戻りますが、玉子にとって平穏な生活ではありませんでした。そんな中、高山右近の話を聞く機会を得ます。忠興と右近の会話を聞く中で少しずつキリスト教へ傾倒していく姿も描かれます。

 

後半は、美しく聡明な玉子が、キリストの魂に触れたかのように信仰の道を歩んでいく姿が描かれていきます。心の安らぎと平穏を得たのです。

 

さて、この物語は、歴史小説でもありますので、秀吉が天下をとったことや家康と秀吉が争った小牧・長久手の戦い朝鮮出兵のことも、もちろん描かれています。

 

そして物語のクライマックスへ繋がる石田三成徳川家康の争いが始まります。家康から、忠誠の証として人質を差し出すように言われます。忠興は、家康へ息子の忠利を送ることを決めます。しかし、天下の情勢はまだ分かりません。忠興は、家康弱しと見たら石田方につくことも玉子に仄かします。

 

そんな中、家康から会津征伐への出陣の命令が出ます。つまり、大阪に大名の家族は残されます。忠興は、前回のように玉子を逃すことは考えません。それだと、完全に徳川の味方になることになります。そこで、玉子に、大阪に残って石田方の人質になってはならない、ということを告げます。しかし、そのことは「死ぬ」ということなのです。

結局、細川忠興は、家を守るために玉子を犠牲にしたのかなと思います。

 

でも、玉子が選んだ道は【女性が男性の所有物でしかなく、政略の道具として使われていた時代】の中にあって、夫の言葉を守ることは神の言葉を信じ守ることであったのです。道具として生きるのではなく、神を信じ自分の意志で生きることを選んだのだと思いました。

 

玉子の洗礼名『ガラシャ』とは『恩寵』という意味なそうです。彼女を通して神の恩寵がたくさんの人々に与えられたのだと思います。

 

83歳と長寿を全うした細川忠興は、玉子が亡くなった後、妻を娶らなかったそうです。そして、38歳で亡くなったガラシャの生き方は、なかなか、真似できるものではありません。

前に読んだときは、本当にガラシャの物語として読んだのですが、夫婦の物語でもありましたし関ヶ原前夜までの戦国時代の様子を女性の視点とキリスト教からの視点としても読む事ができました。

 

後書きにガラシャと秀吉の辞世の句が対照的に並べられています。

ガラシャの辞世の句です。

散りぬべき時知りてこそ世の中の

 花も花なれ人も人なれ 

秀吉の辞世の句です(こちらは有名です。私も知っていました)

露とおち露と消へにしわが身かな

  浪華の事もゆめのまた夢

 

年齢を重ね私なりに様々な苦難を経験した事もあり、前回とは違った気持ちでページをめくりました。